障がい者が生きる喜びを感じながら収入を得、自立することを世の中の当たり前にすることに挑み続ける
海津歩
元株式会社スワン 代表取締役社長(現ヤマトボックスチャーター株式会社 人事部長)

月給1万円以下を10万円に

親ならば誰でも子の行く末を案じるでしょう。特に、子どもが経済的に自立し不自由のない暮らしを手に入れられるかということは、子が成人を迎えるころの最も気になる問題です。しかし、子どもの「経済的自立」に対して、期待を持つことすら諦めている親御さんたちがいらっしゃいます。障がいを持った子どもの親御さんです。障がい者雇用を取り巻く環境は刻々と変わり、彼らは働く機会を得やすくなってきましたが、働く場所としてはまだまだ共同作業所や授産施設などが一般的で、そこは仕事に就いて自立することを目指しつつも、給与は月給1万円以下、与えられた作業をして時間を過ごすデイケアセンターのような機能に留まっているのが実態です。

障がい者が働いて自立して生きて行くことを世の中の当たり前にしようと挑戦を続けているのが、ベーカリー&カフェを営む株式会社スワンです。1998年にヤマト運輸の創業者小倉昌男氏が特例子会社として設立、「アンデルセン」や「リトルマーメイド」を全国展開するタカキベーカリーの協力を得て、焼きたてのおいしいパンを販売する事業をスタートさせます。2005年、小倉氏の遺志を継ぐ形で、海津代表が社長に就任(2015年まで)。現在、全国に28店舗、社員の7割の約370名が障がい者で、彼らの平均月給は11万円という世界を実現しています。

スワンの挑戦はまだまだ現在進行形ですが、障がい者が月給10万円以上の給与を得ながら働くことのできる職場はどのようにして創られてきたのでしょうか。

障がい者主体ではなく「お客様主体」のサービスを

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海津代表が事業を任された当時、真っ先にしたことは、小倉氏のイズム「世のため人のための事業は絶対に成功する」をスワンの経営にも取り入れることでした。具体的には、障がい者を主体とするのではなく、お客様を主体とする店づくりに取り組んだのです。働いているスタッフが障がい者だろうが健常者だろうがお客様には関係のないこと。障がい者を“売り”にするのではなく、商品や接客の品質を高めることに全力を注ぎます。その結果、おいしさや接客の印象が評判となり、数々のメディアに取り上げられるように。そこには障がい者が働いているということなど、一切触れられていません。事業として真っ当に戦い、結果につなげていったのです。

「健常者は不得手を隠すことができる人、障がい者は不得手がむき出しになっている人。所詮人は皆でこぼこ。長所をつなぎ、短所を補い合えばよいだけ」 

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とはいえ、実際に社員の7割が知的障がい者、精神障がい者、身体障がい者ならば、残り3割の健常者である社員の負担が大きいのではないかと考えてしまいます。障がい者を雇用している現場によく見られるのも、健常者の社員が付きっきりで指導・監視する光景です。

しかし海津代表は、それだと2倍のコストをかけてしまうことになる、大事なのは仕事を単純化・パターン化・細分化し、彼らひとりひとりに「仕事を任せること」だと言います。常に誰かが助けてくれたり指示をしてくれたりする環境では、自分の仕事に責任を持つ状態にはならず、その結果、戦力にもなれません。海津代表は、障がい者とともにやっていくには、まず自己肯定や自発的意思決定を促すことが必要だと考えました。

まず始めたのは、自分で長所を見出させること。なかなか見つけられないスタッフには、何時間かかってでも一緒に見つけ出しました。そして彼らを初日に褒め、自己否定の塊を取り除くのです。目標設定も低めに設定し、自己肯定が得られやすい工夫もしました。すぐにはできなくても、そのことにプレッシャーを与えず、できるようになるまで待ちました。決して指示をせず、必ず選択肢を用意し、自発的意思決定を促すよう努めました。こうした細かな工夫を経て、障がいを持つスタッフは自分の仕事に責任を持つようになり、自身が職場においてかけがえのない存在であることを自覚していくのです。

ある日、海津代表がスタッフに「働いていて一番うれしいことは何か」と聞くと、全員が「お客様にありがとうと言われること」と言ったそうです。考えてみれば、障がい者というのは、人に感謝することは常々あっても、感謝される機会はほとんどないのです。自分が誰かのためになっていることを自覚できるのは、彼らにとって最高の働き甲斐、生きる喜びでしょう。これらのことは、健常者にも当てはまることです。海津代表は言います。「健常者は不得手を隠すことができる人、障がい者は不得手がむき出しになっている人。所詮人は皆でこぼこ。長所をつなぎ短所を補い合えばよいだけ」。

こうして、スタッフは、時間はかかっても成長し、1万円以下だった給与が2万円になることで休まなくなり、5万円になると仕事を工夫するようになり、10万円を得ることで多くの選択肢を手に入れられることを知り、人生を変えていくのです。

スワンのモデルは海外にも

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スワンベーカリー赤坂店は、ランチタイムの12時から13時の1時間だけで200名が来店する人気店です。ホテルやコンビニエンスストアからも声がかかり、商品を卸しています。障がい者が働いていることとは無関係の実績です。さまざまな企業・団体と手を組み、親会社の持つ流通機能を活かしながら、自社社員にとどまらず、全国の障がい者の給与水準を上げる取り組みも行っています。

年間約3000人がスワンのノウハウを学ぼうと視察に訪れます。海外からも注目され、障がい者が働いて自立する世の中を常識にする取り組みは、海を越えて広がろうとしています。

 

海津歩(かいつ・あゆむ)プロフィール

1960年東京都生まれ。85年、アルバイトからヤマト運輸に入社。各地の営業所長、支店長を歴任し業務改革に取り組む。その手腕を買われ、2005年、小倉会長亡き後の株式会社スワンの代表取締役に就任。現在はスワンでの実績を買われ、同グループの別会社で業務改革を担う。

 

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