アサザ基金の農業プロジェクト「新しい風さとやま」

茨城県の霞ヶ浦・北浦流域では、かつて無数の谷津田が人々の暮らしを支えていました。ところが今、農の担い手の高齢化に伴い、谷津田を中心とした美しい里山の風景が急速に失われつつあります。流域での20年におよぶ自然再生の知見を生かし、新時代の農業を発信しようと新たな取り組みが始まっています。

 

失われつつある里山の原風景

「谷津田(やつだ)」と呼ばれる地形をご存知でしょうか?

谷津とは谷にある湿地のこと。谷間には盆地状の水田があり、それを囲む斜面やその先の大地には雑木林が茂り、コンパクトながらも濃い生態系が息づいているのが谷津田の特徴です。

かつて、谷津田の入り口には集落があり、人々の暮らしを谷津田が支えていました。田んぼではお米、畑では作物を育て、食料源として大切にされていました。また、大地に降り注いだ雨は、雑木林に蓄えられた後、ゆっくりと谷から湧き出します。農業や暮らしの水源としても、谷津田は欠かせない役割を果たしていたのです。

こうした暮らしの中で、里山の美しい自然景観も生まれてきました。谷津田は里山の環境を構成する重要な要素です。「里山」と聞くと谷津田の風景を思い浮かべる人も多いでしょう。

ところが今、農業の担い手の高齢化などを背景として、耕作放棄地が急速に広がっています。農業生産の効率化を目指して、国は大規模な機械化への転換を促していますが、谷津田の田んぼは不定形で面積が小さく、機械化には適しません。このため、今後はさらに多くの谷津田が荒廃しかねない状況です。

ひとたび水田が放棄されると、草で覆われ、やがて枯れ草や土砂などに埋もれてしまいます。湿田に依存していたメダカやホタル、カエル、トンボなど、絶滅危惧種を含む多数の生き物がすみかを失い、里山全体の生態系のバランスが崩れてしまうのです。

 

20年来の実績を生かした新プロジェクト始動

そこで、水源地の特色を生かした付加価値の高い米づくりを目指し、霞ヶ浦流域の里山から新時代の農業を発信しようと、新たな組織「新しい風さとやま」が動き出しました。

母体となっているのはNPO法人アサザ基金。同基金では、湖の環境が悪化したことで絶滅に瀕していた水草・アサザを救うため、「100年後トキの舞う霞ヶ浦」という壮大なビジョンを掲げ、1995年以来、多くの人や組織が連携して「アサザプロジェクト」を進めてきました。流域の200を越える小学校、企業や一般市民など25万人を巻き込みながら、湖の再生事業をはじめ、地域振興や地域ぐるみの環境学習プログラムを行っています。

一方で、広大な霞ヶ浦北浦流域を見渡してみると、この20年間の取り組みは、まだ特定地域における「点」でしかありません。そこで「新しい風さとやま」では、さらに自然や人のネットワークをつないで点から面への展開を図り、「里山農業」を通じて、イノベーションという新しい風を巻き起こそうとしているのです。

 

フクロウが帰ってきた!

「新しい風さとやま」がさっそく取り組み始めたのが、耕作放棄地となった谷津田の再生。枯れた水田や斜面を覆う竹やぶを刈ると、早くも生き物たちが戻り始めました。見晴らしがよくなった雑木林に生息するネズミを捕らえようと、フクロウやタカが谷津田の上空を舞う姿が見られるようになっています。

アサザ基金には、無農薬無肥料による酒米栽培の実績が10年以上あります。食用米については、国の天然記念物にも指定された大型の雁・オオヒシクイを保護する「オオヒシクイ米」産直運動にも取り組んできました。また、地元の酒造会社やしょうゆ醸造会社などとの協働により、新たな地域ブランド創出でも実績をあげています。こうした経験を生かして谷津田の農業を復活させ、10年以内に流域内の谷津田で300ヘクタール規模、10事業地域以上で事業を展開する予定です。

さらに、生産体制の整備と同時に、出口となる売り先の確保も急務です。全国の6次産業化の取り組みを見ても、商品開発やマーケティングに課題を抱える事例が少なくありません。「新しい風さとやま」では、農業と他分野を融合し、持続可能な社会モデルに発展させたいと考えています。

谷津田の農業は、日本の伝統的な農村文化や自然景観を育んできた礎でもあります。「新しい風さとやま」は、谷津田の生物多様性や水源保全を図るとともに、里山から生まれた伝統文化を継承・発展させ、人と自然が共存する持続可能な循環型社会の実現に向けて取り組んでいきます。

 

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